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May 22, 2019

「習う」ということ

今日はご縁のある幼稚園の先生方のピアノ指導に出かけてきました。ひとり25分で幼稚園で弾く曲を中心にレッスンです。全員がお部屋に入ってくるなり自己紹介代わり?に「ピアノが苦手で・・・」と異口同音に訴えてきます。

そんな時の私はいつも同じように「知ってますよぉん。だって、あなたたちがピアノ得意でじゃんじゃか弾けて指導を必要としないなら私の仕事はないからね^^」と答えます。

最近、ピアノを弾くことが苦手な幼稚園や小学校の先生、実はとても増えています。CDで済ませてしまう現場も増えています。でも、ピアノが苦手なのは本人たちのせいばかりじゃない。過去に多くの学生さんをみてきましたが、教員養成のカリキュラム自体にも、更には(同業者を敵に回す気はないけど^^;)教える側にも問題がないとはいえません。多くの教員たちはこどもの頃ピアノが嫌で辞めてしまっていたり、おとなになって始めた場合は更になかなかうまくいかないことで苦手意識を持ってしまっています。それなのに、ただでさえ忙しい仕事の合間に時間をつくってさらうことはさぞ苦痛だろうと思います。

そんな中で精一杯頑張ってることを褒められる機会はこどもたちに比べて実はとても少ないんですよね。大抵はみんな真面目で、楽譜をちゃんと弾けないことに罪悪感みたいなものを持っていたりします。私はまずそれを取り除くことから始めます。歌の伴奏や指導に必要な音を選び出したり効率の良い指使いを覚えることで、みんなあっという間に曲が少しずつ流れ出します。そんな時、どの「先生」も子どものように嬉しそうにニッコリ^-^。成功体験が大切なのは子どもだけじゃないんです。

 

私自身は「何かを習うということ」は、「秘密の地図を持っている先人にアドバイスをもらうこと」だと考えています。要は過去に道に迷ったりやり方を間違えた人間はその克服法を知っている場合が多いので、回り道せずに最短距離を模索する手伝いができる、と。

正直、楽器って素養がある人はそこそこまでなら独習でもなんとなく弾けてしまうと思うんです。楽器の先生が言うことじゃないけどね^^;。ただ、それが客観的にどうなのかを一緒に考えて時に修正したり褒めてくれる相手がいるってことはとても重要なんじゃないかな?と。

それが「習うということ」なんじゃないかな?ってとても強く感じています。

ご縁のあった先生方がいつまでも汗ダラダラでつらそうにつまらなそうなピアノを弾かないでくれるといいな。いつの日か笑顔で子どもたちと接する為の最高の武器として楽器を自在に操れるようになってくれるといいな。

 

まず最初に覚えて欲しいこと。

「無理矢理楽しいなんて思わなくていいから。

 間違えてもピアノは爆発しないからね!」ってこと。

 

いきなり楽しんでなんて言われても無理だよね。

子どもたちのためって思ってがんばろう^-^

さ、来月もテンション高くお手伝いに行くぞー!

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