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September 13, 2012

無我夢中

気がついたら一週間が過ぎていた感じです。

結局、役所の関係(後期高齢&障がい者の医療にまつわる申請やその他もろもろ)や病院との折衝は全て私が一手に引き受け、身の回りのものの配達や面会もほぼ毎日してきました。

今回倒れたおじさんは昭和8年生まれ。私の祖母の姉の息子にあたる人です。周囲は戦前戦後の激動の中を一所懸命に生きてきたひとたち。

今ほど障がいを持つ人に世の中が優しくなかった時代に精神を患ってしまったおじさんを面倒みて頑張ってきたひとたちです。今回のことで書類を揃えたり、病院や行政の窓口でやりとりをするうちに私が知らなかった事実もいくつか出てきました。母たちの代がここまで苦労するまでにどうしてももっとできる協力をしてあげなかったのだろうと悔やむ気持ちもあります。

同時に、おじさんが家に戻ってももう周囲の身内での介護はとても無理だという現実とも向き合っています。今まで陣頭指揮?をとってきた私の母は昭和10年生まれ、おじさんの姉であるおばさんは昭和3年生まれ、おばさんの配偶者は大正生まれです。

「じゃあ、あなたが看ればいいじゃない」と言われることも覚悟はしてましたが、仕事をして自分と母の生活を支えるだけで精一杯なのも事実です。そして、誰ひとりそんなことは言わずねぎらって下さる、病院の方も役所の方もとても優しくて、ひとりになるとふっと涙が出ることもあります。自立支援で生活できていたとはいえ、そんなおじさんの世話を40年近く続けてきていた母の気持ちを思うと殊更に心が痛みます。私の母は今の私よりもっと若い頃に脳軟化症に侵され今で言う認知症になってしまった自分の親を自宅で長く介護し看取り、別れた配偶者の縁者の世話もしてきた人です。よくよくそういう星の下なのね。

おじさんは今後も治療を続けながら、転院先を探すことになります。最近は私の問いかけにも短く返事をしてくれるようになりましたし、母をつれてゆくと嬉しそうです。彼が孤独と闇の心の中で実際はどんなふうに感じているのだろうか?と今の私は自問自答も多いですが、きっと答えがでることはありません。

後悔がない介護はない。
きっとそういことなのでしょう。
生まれてきた以上誰しも必ず老いてゆきます。

きっと私はこのあとも、今はまだ元気だけれどやはり老いてきていることは否めないジジババ抱えて、文句言ったり時にはちょっぴり泣きながら、それでも自分を愛して育ててくれた人たちのために、できるだけのことをしてゆこうと思います。

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